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2005年09月28日

秋の名曲から抹消された歴史の事実

里の秋1

「里の秋」という童謡があります。

筆者は小学校の音楽の授業で歌った思い出があります。”唱歌”というヤツです。

秋の季節にふさわしいこの歌、お母さんと子供が二人で囲炉裏端で栗の実を煮ています。長閑(のどか)で平和な情景が目に浮かびます。

1.静かな静かな 里の秋
  お背戸に木の実の 落ちる夜は
  ああ 母さんとただ二人
  栗の実 煮てます いろりばた

筆者は、現在でもこの歌を”唱歌”として学校で教えている、と思っていました。

ところが、子供に聞くと「そんな歌、知らない」とあっさりと一言。

時代は変っていました。今はユーミンやサザンオールスターズを教材にする時代になっていて”唱歌”という言葉はもう死語のようです。(淋し~い)

2.明るい明るい 星の空
  鳴き鳴き夜鴨(よがも)の 渡る夜は
  ああ父さんの あの笑顔
  栗の実食べては 思い出す

2番では、不在の父を思い出しながら母と二人で栗の実を食べている。2番も1番と同様に、ほのぼのとした雰囲気の家庭の様子が描かれている。

「里の秋」は太平洋戦争勃発の昭和16年に、千葉県の教師・斉藤信夫氏が歌詞を作りました。(当時の題名は星月夜『ほしづきよ』)

そのため実は、1・2番とは打って変わって、3・4番の歌詞は極めて軍国主義を象徴する内容になっているのです。

3.きれいなきれいな椰子の島
  しっかり護って下さいと
  ああ父さんのご武運を
  今夜も一人で祈ります

4.大きく大きくなったなら
  兵隊さんだようれしいな
  ねえ母さんよ僕だって
  必ずお国を護ります

そして、この3・4番は戦後抹消されます。

しかし話はもう少し複雑なのです。

ポツダム宣言を受諾した年の昭和20年12月にNHKラジオは、戦地から日本に帰国(当時の用語で復員)してくる将兵を励ますために「外地引揚同胞激励の午后」を放送します。

NHKは、その時に流す歌を作曲家の海沼実氏に依頼したのでした。

海沼氏は「星月夜」に白羽の矢を立て、知己でもあった斎藤氏に、NHKで放送する、復員兵を迎えるのにふさわしい歌詞にして欲しいと、(4番は削除して)3番だけの修正を依頼します。

里の秋2

筆者は、地元の、ある葬祭業を営む企業が、地域住民への音楽振興のために開設した多目的ホール「ヒューマンライフギャラリーScene(シーン)」で行われる音楽コンサートをよく聞きに行きます。

その出演者の一人、ラテン歌手の西川慶(けい)氏がこの「里の秋」を紹介する時に、「この歌の重要なのは3番の歌詞。3番がなければ、ただ栗の実を食べてるだけの話に終わってしまう」と言っておられました。それを聞いて「里の秋」の由来に興味を覚えたのです。

さて、作詞家の斉藤氏は放送当日まで3番の修正に悩みに悩みます。

軍国主義を称え、誇りとする内容の3番以降を、途中から別の目的に変えて、かつ歌全体としての調和をとる事は容易ではなかったようです。

そして本番の日。何とかぎりぎりで修正は間に合いました。「ほしづきよ」という題名には濁点が入っているのが面白くないと、その場で1番の歌詞から持ってきて俄かに「里の秋」という題名に決まったようです。

3.さよならさよなら 椰子(やし)の島
  お舟にゆられて 帰られる
  ああ父さんよ 御無事でと
  今夜も母さんと 祈ります

南方の戦線(椰子の島)から船で引き上げてくる父は無事でいるか、という当時の国民全ての切なる思いを込めた歌詞が完成し、NHKラジオから流れます。

歌が流れた直後、スタジオは胸を打たれた人たちが言葉を発せず、静まり返って感動にひたったということです。

放送後、聴取者から感動したという電話、リクエストの希望が殺到したとも言われています。

この3番の歌詞には、これからは永遠に戦争のない国になって欲しいという願いと、父の安否を心配して複雑に揺れる気持ちが見事に描かれています。

残念ながら、この3番もその後、軍国主義の名残を抹消する圧力によって削られてしまい、「里の秋」はひたすら牧歌的な唱歌となります。

名曲は、歌の意味を伝える大事な部分を抹消されて60年という時間に流されます。

しかし、情報が隅々にまで至る時代になり、今ではインターネットで「里の秋」を検索するだけで容易にその事実を知ることができるようになりました。

そして、この名曲の生い立ちや背景を知ることで、この歌に隠された歴史の事実を噛みしめ味わうことができる、そんな(平和な)今がある事も事実です。

投稿者 messiah : 2005年09月28日 08:48

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コメント

いつも私のコンサートに、それも最前列で聴いていただき本当に有り難うございます。「里の秋」について貴重な資料をブログに載せていただき曲の深みがぐんと増したようです。曲にはそれぞれ作家の思いが込められ、それを歌い演奏する者もそれぞれが熱い思いを込めています。しかし、それを職業とする内にその事が忘れ去られ、ただ受けるか受けないかが評価の中心になり音楽本来の姿心が失われてゆきます。今の時代アメリカを中心とした「儲かってなんぼ」の雰囲気に音楽界が汚染されています。しかし今こそ山口さんの様な方が必要です。ブログという最先端の情報手段を駆使して、これからも益々貴重な意見や資料を世にぶっ放して下さい。私も来年からは念願の田舎周りをしながら感動を伝えて行きたいと思ってます。

投稿者 西川慶 : 2005年09月28日 17:57

西川慶さん 有難うございます。
(まさかここに登場してもらえるとは思いませんでした!)
大先輩に対して失礼な言い方かも知れませんが、今の西川さんの生き方には「青年は荒野をめざす」って言葉がピッタリです。歌手の原点に戻り、大衆に感動を伝えるというスピリッツの何という若々しく逞ましいことか!
ただただ、感服で~す。。。
どうか健康にだけ(といっても発声楽で鍛えているから心配無用か...)は気をつけられて、多くの音楽ファンの心をグリグリと感動させてやってください。
願わくば...田舎まわりの途中下車で、Sceneに立ち寄って時々歌って弾いてほしいですね。
「変なオジサン」との、意気のあってない(?)絶妙の掛け合い漫才も聞きたいし...
名曲「七人の刑事」を再び生(なま)で聞ける日を楽しみにしています。(それまではCDで聞いておきます)

投稿者 でたとこ : 2005年09月28日 20:56

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